月刊五葉松 銀八房五葉の実生苗特集
日曜日は日本小品盆栽協会本部の交換会でした。
日本小品盆栽協会では、第5日曜がある月に上野グリーンクラブで交換会をやっています。
ちなみに、会員でなくとも昼食付き3000円で参加できます。
今回はあまり買わなかったので、交換会終了後、外の常設売店でもちょこっとお買い物。
ちょうど銀八房五葉の実生があったので、2つお持ち帰り。
今年は若い五葉松が夏に次々と枯れていってしまいましたので、五葉松置き場に若干の余裕が・・・
さあさあ、気を取り直して。
銀八房の実生ということですが、葉色は違いますね。
でも、芽数は八房性、多いです。
それで、五葉松は大きなビニールポットに入っていました。
家に帰ってから水を含ますと、どうも水が滞る感じでした。
うちはおそらく売り場ほど日当たりが良くないので、砂に植わっているとはいえ、水の加減を考えるとこれから冬季の管理に不安がありますので、思い切って素焼鉢に移しておくことにしました。
他の五葉松の鉢となるべく同じような乾き具合にしておきたかったので、ちょっと無理をします。
才能が溢れんばかりでないヒヨっこの方は、真似して枯らして、私を恨まないでくださいね。
まずは五葉松に一晩添い寝をして、お互いにコミュニケーションをとっておきました。
どこで芽生え、どんな所で育ったのか、お互いに語り合いましたよ。
そうやって信頼関係を築き、今日、初めての共同作業を迎えたわけです。
いろいろ話し合った結果、鉢を換えるついでに、一緒に根も少し直しておこうということになりました。
私は「大丈夫?気をつかってない?」と尋ねたのですが、
「心配ない。君を信じてる。君ならやれる!」
と言われ、目頭が少し熱くなるのを感じました。
根が惜しいのです。
横から見るとこんな感じ。
この樹、根が4本あるのですが、地上に根が3本ひろがって、残りの1本は直根、つまり幹から真下に降りていて、根張りの見た目に安定感がありません。
若いうちに少しでも良くしておかないと後になったらどうにもできなくなりそうです。
ちなみにこの裏から見た根はこんな感じ。
こっちは大丈夫。
時計でいったら、3時、6時、9時の方向に根が張っているのですが、直根が真下に行って、12時辺りに根がない感じです。
小さい樹なら、八方でなくとも、せめて4方向に出ていれば嬉しいです。
なので、一度砂を水の中でそっと根を傷付けずに落とし、真下に向かって伸びている直根を針金で起こしておくことにしました。
無理はせずに、そ~っと、ほどほどに。
あとは当然根も切らず、根の辺りに細かい赤玉土を流し込み、つつくのも嫌なので、鉢をコンコン叩いて根の奥まで土を送り、そのまわりには元々植わっていた荒い砂に赤玉土を混ぜて戻して最後にギュっギュっと土を抑えておきました。
あぁ・・・美しい。
根張りを整えるだけで随分違いますね。
可能だったらこの先、もう少し根を広げたいところですが、今はこれで十分過ぎです。
まだまだこれから、植え替えで根を処理し小鉢におさめるという試練が待っています。
小さい五葉松はまず、小鉢に移すのが大変。
だって根を切るのが怖いんですもの。
それで、小鉢に移して落ち着くまで1年ほど、不安な日々を過ごすのです・・・
しかし、自分好みの小さい五葉松はなかなか売ってはいませんので、自分で時間をかけて育てることは止めません。
ええ、ええ、今年はたくさん枯らしてしまいましたよ。
でも、でも、でも、五葉松は・・・盆栽人のロマンなのだ!!
一木一草話 秋の豆盆栽展
一木一草話 秋の豆盆栽展
2013年10月1日(火)~10月14日(月) 11:00~20:00
*期間中は月曜(定休日)も営業
一木一草話 03-5738-3741
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今回も出品させていただきます。
シンプルな長方の朱泥のみです。
先日の焼成では、9個焼いて、うち6個がどうにか。
以前と比べて確率としては良くなっていますが、それらのものでも、実際、若干の歪みはあります。
これからもっと研究していきます、すみません。
でも、土の感じは良いので、樹が映えるはずです。
先日の支部展でプロの作家さんとお話の際、ひとつ私の鉢を見ていただいたのですが、その方も同じような土で以前作ったそうですが、やはり歪むようで、作るのを止めたそうです。
プロが作らないものを作るのがアマチュアの役目だとしたら?もう少し私も頑張らないといけませんね笑。
シャモットを混ぜれば変わるかも知れませんが、いろいろな点で勉強になる土ですので、もうしばらく、混ぜ物なしのままでたのしみたいのです。
胴紐の長方が3点。
プレーンが3点。
いずれも縁の端から端が4センチ前後です。
あと、もしかしたら少し前に渡した外縁のもの数点もまだ残っているかも。
詳しくは女将に聞いてみてください。
土の色は写真ではどうしても変わってしまうので、直接見ていただけたらと思います。
こんなアテにならないホットパンツ男の鉢をお店のほうにまとめてご注文していただいている方がいらっしゃるそうで、ありがたく思っています。
しかし、まだ、なかなか数も作れませんし、出来たものをすべてそちらにまわしてしまうとお店になくなってしまいますので、できたものの一部を納品ごとにお渡しさせていただく形で、その辺は女将にお任せしています。
申し訳ありません。
(わしがこんな体なばっかりに・・・ゴホッ、ゴホッ。)
・・・朱泥をやっていると、時々、盆栽も鉢作りも大先輩のA藤さんの、
「もしも、もう一度鉢作りをやれるんだったら、朱泥をやりたい」
という言葉が頭によみがえります。
今はもう、体がきつくて鉢作りそのものができないそうですが、機会があるごとに、私に鉢作りのコツを教えてくれます。
朱泥というのは本当に奥が深い、とおっしゃっていました。
そのA藤さんが、今年の春の豆盆栽展で私の朱泥鉢を買ってくれたのです。
作るということには厳しいA藤さんですから、それを人から聞いて、少しだけでも認めていただけたのかもと思い、嬉しくなりました。
でも、後日ちゃんとダメ出しもありまして、今回、多少お金はかかりましたが、その点はちゃんと改善しました。
できれば、朱泥に対するA藤さんの思いを引き継ぎたいと思っています。
久し振りにゆっくり・・・
支部展のためにピラミッド建設の仕事はお休みをいただいていましたが、戻ってみればもう大変、運ぶべき石がたくさんたまっていました。
そのため土曜日は休むことはできませんでしたが、日曜日はゆっくりとさせていただきました。
忙しくてずっと料理もできませんでしたから、今夜は自分で作ったものを食べました。
ほとんどあり合わせで作ることしかしませんから、たいしたものは作れませんが、外食が続くと無性に自分で作ったものが食べたくて仕方なくなります。
きっと良い奥さんになると思います。
これも母、茂子の仕業でしょう。
ちなみに支部展には茂子と、木には興味もないのに父が連れて来られましたが、茂子はレモンを、そして何故か父は金明竹を買って帰りました。
父が来たのは今年で2回目ですが、私が何をやっているのか、いまいちよくわかっていないようで、なにか植木の商売でもやっているかのように思っているみたいです。
面倒臭いので詳しい説明は省いておきました。
さてさて、支部展の写真をいろいろ撮ったのですが、もう他の人がたくさん載せ終わっていますので、既にご覧になった方も多いかと思いますが、展示をした会員のブログのリンクを貼らせていただくだけで済まさせていただきます。
bonさんのブログ→http://ameblo.jp/bonsaihajime/
しずかさんのブログ→http://ameblo.jp/honobonobon/
妹のほうさんのブログ→http://bonsai-kyodai.blog.so-net.ne.jp/
タカヒロさんのブログ→http://bonsai-mansion.hatenablog.com/
年々新しい方も増え、今年は特に新人の展示が多く、私から見るとそんな点も、今年の展示会が楽しく見ごたえのあるものだったと感じた理由のひとつのようです。
会期中は、時間の余裕もある中で会員の皆さんと1日過ごす訳で、その中で皆さんとの会話や、人間ウォッチングで、個性豊かな所を多く感じさせていただき、それもまた楽しい記憶です。
こういうところがこの人の、人としてすごいところなんだよなぁ、というところをたくさん見れました。
あ、そうそう、私は会期中に、T屋さんとK谷さんが食べきれなかったお弁当のおかずをいただいたので、これからそのご利益で、急激に盆栽が上手くなる予定です。
最近、樹を見ていると、樹液の流れが透けて見えるんですよ。
と、なんだか自分の展示の都合で3日間、朝から終わりまで会場にいるはめになった今年の支部展でしたが、たくさんたのしみ、たくさん勉強しました。
1日ゆっくり休み、今は鉢を焼いています。
月末に会の交換会があって、その頃までに一木一草話の秋の豆盆栽展の鉢を用意して、10月にはすぐ会の遠足もあり・・・秋は短いですから、樹の世話もしておきたいですね。
今日昼間、3~40鉢くらい、ひとつずつ手に取って手入れと掃除をしました。
盆栽は年寄りの趣味?
まさか、気力体力十分なうちからやっておかないと大変です。
「37回東京支部展 小品盆栽フェスティバル」という名の村祭り
搬出日が雨と強風にならずに終えることができました。
第37回目の東京支部展が終わり、私も3回目の支部展参加をどうにか乗り越えたということになります。
まず一番に自分の席を載せるのもどうかと思いますが笑・・・私の席です。
左からモミジ、ギョリュウ、添配(蟹)、岩ヤツデ(丹頂草) 、吉田バラ。
9月中旬といっても、どうせまだまだ暑いだろうと、今年は「涼」ということで、こんな飾りにしてみました。
自分の飾ったものを自分であれこれこんな場で解説じみたことをするというのもどうかと思いもします。
私は十数年程自分のバンドで作曲やらアレンジに熱中していましたが、作った曲の細かいところに私なりの意味や、意図する効果のための作為を込めはしても、聴く人にとっては正解も誤解もない、聴いた人が何を感じるかが全てだと思いましたし、すすんで舞台裏を口にするなんて、自分でそれが補足の必要なB級品だと言っているようなものだとも考え、口にすることもほとんどありませんでした。
人間の感覚って、面白いんですよ。
私が雨風の音をイメージしたパートを作ってその曲のテーマとなるように仕掛けておいたら、ある人が、数年経って、
「あれ、石笛でしょ?」
ですって。
その人はそこに石笛のイメージを感じたみたいです笑。
でもですね、盆栽の飾りに関しては、今はそれじゃいけないと思うところがあり、なるべくブログ上で言葉にするようにしています。
それは、小品盆栽飾りには、樹の姿を見るたのしさ以外にも、飾りを見るたのしさがあって、それがひとつの大きな魅力であるにもかかわらず、同時になじみのない方にとってはとても理解されにくい点だと思っているからです。
実際私も小さい盆栽でそんなことするなんて、最初は知りませんでしたし。
講師のT屋さんは、小品盆栽は園芸の中の俳句だと言っていました。
限られた字数の中に季節を入れて、省くことによって書かれていない更に多くを含み得る表現・・・私はそんな風に受け止めています。
私もまだ当然、理解なんてまったくできていませんが、そういった魅力もある遊びなのだということを、少しだけでも知っていただきたいと思い、胸の中である種の恥かしさがカラコロと鳴りながら転がっているのを感じつつ、自分の飾りを一度振り返ってみたいと思います。
そもそも、今年は飾りたいと思う松柏がなくて困りました。
飾る時、まずは主木から決めると組み立てやすいと教わりました。
主木といえば飾りの主役、スタンダードは松柏ですね。
それが決まらずにけっこう悩んだのです。
決まらなかったというより、樹がなかったというのが正確ですね。
悩んでいるうちに、決まらないなら主木に松柏という考えを一旦捨ててみようと考え始めました。
ないならないで、ないなりに。
夏という季節を軸に飾ると考えていましたので、自分で真っ直ぐの棒の挿し木から作ったギョリュウを使ってみようと思い始めます。
ギョリュウは漢字で書くと、木ヘンに聖でギョ、柳でリュウ。
盆栽では、いつからかは知りませんが、昔からこの樹を柳の枝垂れる姿のように見立ててたのしむみたいです。
こんなものを見ても涼しくなるはずないのにね。
暑いものは暑い!
立ち上がりからの緩やかな曲以外は針金を使わずハサミなどで曲を作ったので、細幹に似合う良い曲になったと思います。
会場にいらしていただいた方は、今年の支部展でも、ギョリュウを使っている方が他にもいらっしゃったのをご覧になったかと思います。
先輩方の樹に比べると、明らかに私の樹は若いですね。
でも、ここまで自分で作るのに精一杯やりました。
良い樹になったと思っています。
これから枯らさずに古くなってくれたら嬉しいです。
そのギョリュウの枝垂れた枝先が少し懸かる足元には水盤があって、そこに蟹の添配を2匹配してみました。
水盤の釉に浮かんだ景色を水の姿に見立てて、砂を敷いて岸辺を作りました。
その脇には、私が以前東京支部の大先輩のT田さんにいただいた粘土で成形して一蒼さんに焼いていただいた焼き締め鉢に入った岩ヤツデを。
焼き締めに入った松柏を使っていたら同じく焼き締めに入ったこの岩ヤツデを使うのをちょっとためらったでしょうね。
そういった意味でまさに出番だったのでしょう。
その岩ヤツデも、私が会に入会するかしないかの頃、先輩のHさんにいただいた大きい株を分けたもの。
う~ん、いただきものばかり笑。
株分けしたいくつかは、しばらく前に例会へ持って行ったので、今頃どなたかの棚にあるのだと思います。
岩ヤツデは山根景子さんも、「花もきれいですが、花後茂った葉はヤツデのようで、夏、青々として涼味があり、たいへんきれいなもの」と書いていますが、その涼味とやらを狙ってみました。
実際私の席の中で、岩ヤツデが一番良い葉色だったのではないでしょうか・・・ある意味悲しいところです笑。
飾る前に、一番大きな葉を1枚だけ切りました。
全体の葉の大きさを見て、バランスがとれるように。
あと、欲張って1点花実も加えたく思い、川っぺりにまだ青い実をつけたバラを置いてみました。
本当は実よりも、何か、素朴な花が咲いているものを持って来たほうが、より軽い飾りになったと思うのですが、そうはうまくいきません。
うまくいかないから楽しいのだと、自分にしっかり言い聞かせる。
樹自体はまだまだの樹ですね。
これからどんどん姿が変わっていくかと思います。
ところでこの樹、最終日の朝に葉を1枚切ってみたのですが、その方が良かったですね。
↓切る前。
小さい樹は、葉1枚取るか取らないかで、随分と印象が変わります。
これらのことが、講師始め会の方々に相談、アドバイスを受けながら出来上がっていきました。
私ひとりの力ではとてもできなかった飾りです。
そして、最後まで悩み通したこともあります。
配置に関してある考えがあって、それを意識していたのですが、でも、結果そこに頭デッカチになり過ぎて配置のバランスが少し狂ったように思わなくもないのです。
でも、試さないとスッキリしないですし、それはそれで良かったのかな?
会場で褒めていただいたところは有難く受け取り、今回教えていただいたところや課題はまた次回に活かせるようにして・・・さあさあ、次の展示、カモン!!
朱泥焼成第1弾の結果
乾燥の済んだ朱泥を10枚ほど、いったん焼いてみました。
今回はかなりゆっくり、20時間近くかけての焼成です。
結果、7枚はどうにか使えるものになりました。
チームBになってしまったものも、焼成の失敗というより成形、乾燥段階のミスが表れたものですので、自分的に手応えのある焼成だったと思っています。
焼く前は、ボチボチのが2~3枚できれば良いかな?くらいに考えていましたので。
電気窯での焼成はガスなどの燃料で焼くより、やはりちょっと格下に思われてしまいますが、特に焼き締めともなれば良いものを焼くのは難しいと言われますし、実際、その辺の陶芸用品店の朱泥をガスで焼いてもらうと、いくつかはボチボチに焼き上がりましたが、電気窯で焼くと、なかなか良い感じに焼けてくれません。
でも、一度手を付けた窯ですし、どこまでやれるかとことん試したい気持ちと、溢れんばかりの才能をもってすれば電気でもここまで出来るのだよと、皆をギャフンと言わせたい気持ちとで、焼き締めに取り組んでいます。
今使っている朱泥は去年見付けたものですが、電気窯でも自分で納得のいく焼きあがりになってくれて、樹を入れるとけっこう映えるんです。
なので、扱いの難しい粘土ですが、どうにか自分のものにしたいのです。
田んぼから掘り出して細かい目にしたというこの粘土は、おそらく急須を作る等、削り出すためのものではなくロクロで引いて使うものなのでしょう。
でも、この難しい粘土を削り出すことに奮闘して、改めて自分の成形の仕方を見直す良い機会となっています。
成形中に切れるわ、乾燥中に歪むわ、焼いたらさらに歪むわで、ここしばらくずっと、そうならない、なりにくいだろう方法を試行錯誤してきました。
結果、今のところまだ全てを克服できるには至っていませんが、今回の焼成で、その手応えと、これから更に何を試せば良いのかがわかってきています。
さすがだなあと思うのが、ぬるま湯からえっちらおっちら抜けだして、シビアな粘土での制作の中、改善するために自分のやり慣れた方法から離れてもっと良い方法を考えると、壱興さんや春嘉さんといったプロの成形方法や手順が答えになる理由を持っていたりするんですよね。
いずれ授業料を払わないと・・・どんぐりで。
とりあえずまだ道半ばです。
どうにかギリギリ使えるでしょ?くらいのものになってしまいますが、それくらいのができたら一木一草話に年貢として納めさせていただきます。
とりあえず今回焼けたうちのいくつかを。
同じ形で大中小を作りました。
これは私にしては大きめ。
縁の端から端が5.8センチ×5.0センチ×高さ2.2センチ。
縁が少し内側に反ってしまいましたが、この粘土でこの形、この程度の歪みでおさまってくれれば今のところは許していただきましょう。
樹を入れればわからなくなりますし笑、シンプルな形ですので使いやすいと思います。
手の上に乗せるとこんな感じです。
次は中くらい。
同じく4.9センチ×3.8センチ×2.1センチ。
この鉢は朱泥に童仙傍を混ぜていますので、表面がボコボコなっていますが、最後にしっかり磨いているので触るとツルツルです。
ツルツルだけじゃ物足りない筋金入りの渋好みの友達へのバースデイプレゼントに最適です。
そして小。
同じく 4.0センチ×3.2センチ×1.8センチ。
今回の焼成の中の私のお気に入り。
歪みもなく、大きさも私用。
この手の大きさの朱泥の良いものは、私のまわりでもほとんど見掛けません。
だから自分で作ろうとしているのですけど、さようなら、女将の元へ・・・
女将に頼まれていなければ絶対に自分で使っています。
ついでにもうひとつ。
さらに小さいもの。
同じく、2・0センチ×1.9センチ×1.2センチ。
さすがにこの大きさとなると使える人も限られ、あまり欲しいという方もいませんし、自分で使うにも小さ過ぎます。
でも、出来はなかなか良いのです。
なので小さい樹が大好きな方に差し上げようかと思っています。
さあさあ、成形を続けなくては。
「第37回 東京支部展 小品盆栽フェスティバル」 のお知らせ
今年も支部展が近付いて来ました。
もうすぐです。
第37回東京支部展「小品盆栽フェスティバル」
会期:2013年9月13日(金)~15日(日)
時間:10:00~16:30(最終日は16:00まで)
会場:上野グリーンクラブ2階展示場
写真は支部長のHPから、詳細はbonさんのブログから拝借した手抜きですけど、私もここで告知させていただきますよ。
上野グリーンクラブの1階が魔のお買い物ゾーン、そこを無事くぐり抜けた先のエレベータを上がって2階が展示会場です。
会期中は毎日午後1時頃から小品盆栽基礎講座が開かれます。
どうぞおたのしみに。
私もやはり出展させていただくのですが、猛暑が尾を引くこの時期、樹もバテバテで・・・こりゃ、まいった。
土下座する落ち武者の添配だけ飾って許してもらいたい気分です。
でもでも、どうにかしなきゃならぬ・・・
ドラえも~ん!!
わっしょ~い!!
みんな大好きazeっち!
さて、azeっち祭りの続きです。
??↑??
今回はazeっちから以前いただいた実生の清姫モミジ。
今年2013年の5月31日の姿。
この時、今年取り木するかどうか迷っていましたが、結局今年のうちに取り木してしまいました。
だいたい基本的な姿は出来ていますし、あとはなるべく大きくしないで枝先の雰囲気が良くなっていけば良いかなぁと。
その辺をがんばりながら、根張りを作っていく計画で、だったらもう取り木して来年にでも小さい鉢に入れて作っていってみましょう。
まことはそう呟くと、無表情で、バーボンをまた一杯飲み干した。
そうして、そうこうしているうちに3カ月が経ちました。
いきなり葉がボロボロですが、これはこの猛暑を生き抜いた勲章です。
この樹は挿し木も取り木もよく発根してくれますね。
ちょっと上に付き過ぎた根を切り落とし、他は触らずで切り離しです。
根張りは何の問題もありませんから、時間をかけて根を育てればしっかりした立ち上がりになってくれそうです。
とりあえず今は少しだけ余裕のある鉢へ。
かといってあまり大きい鉢に入れるとモミジは作りにくいですね。
植え付けはまた春にでも調整するとして、とにかく今年のうちに根をしっかり育てて冬に備えてもらいますよ。
それでふと、この樹、貰った時ってどんな姿だったっけ?と考えたのですが、いつもらったのかも忘れてしまっていました。
そこで写真を調べてみたら、おそらくこの樹なのでは?というものが見付かりました。
2011年7月9日の写真です。
枝の出方が同じなので、多分この樹でしょう。
2年で随分と盆栽らしく?なりました。
これも私の溢れんばかりの才能があってこそですね。
相変わらず恐ろしくなります。
粘土をいじりながら教養を身に付けようとしてみる
しっかり時間をとって鉢の成形が出来る時、どうしても耳がさびしくなってしまいます。
結構単調な作業ですし、特に今は、作る前からどういう形を作るかも決まったものを成形していますのでそれほど脳みそも使わず、何かを聴きながら作業したくなるのです。
そこで思いついたのが、鉢作りをしながら日本史のお勉強ができる動画はないか?ということ。
といいますのも、私、恥かしながら、日本の歴史が全然わからないのです。
中学の時に授業はありましたが、特に興味もなく、高校の時は世界史しかやった記憶ありませんし、だから、日本の歴史って知らないことだらけなのです。
しかし何故でしょうね、昔は歴史に関することについて私に話してくる知人などいなかったのに、ここ数年、ちらほらそんな話題をもちかける方も出てきまして、それで何も知らない、溢れんばかりの才能はあっても教養のない人と思われるのもシャクですし、そんなわけで、中高生向け的な日本史講座の動画なんてないかなぁと探してみたら、あらあら、やっぱり便利な世の中になったものです。
ありました。
粘土を削りながら、時には削っていない時もで、数日かけてひと通り動画のある戦国時代まで授業を受けたのですが、鎌倉時代を過ぎると仕組みも複雑になってきて、わけのわからない役職も増え、そして何より、同じような名前の人ばかりたくさん登場して、おいおい、藤原さんばかり何人いるの?とか、後鳥羽とか、前に出て来た名前の頭に「後」が付いただけの手抜きとしか思えない名前が出てきたり、とても作業しながらでは理解できなくなってきてしまいました。
しまいには、鉢作りが終わると体も頭もグッタリ。
やっかいなものに手を出してしまいました。
でも、思ったより面白かったかな。
それはそれとして、youtubeを流していると、合い間にいろいろな広告動画が入ってきて、その中で、その広告動画が流れる度にいつもドキッ!としてしまうものがありました。
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
与謝野晶子の歌なんだそうですが、ドキッとして、ついつい成形中の鉢を落としそうになります。
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや鉢作る君
ううん、ついつい歌をもじって遊んでしまいます。
そうしたら、血汐という言葉から、永井荷風の「残る蚊に額さされしわが血汐」という濹東綺譚の中の言葉を思い出し、ちょっと調べていたら、「濹」という字はさんずいに墨と書いて、隅田川を表す字だということを知って、へぇ~、なるほどね、などと頷き、そうこうしている間に日は暮れかけて・・・どうりで成形がはかどらないわけです。
教養を身に付けるのって、むずかしいなぁ。