石原のおばあさんと蝋梅(ロウバイ)
蝋梅(ロウバイ)は、梅という字を書いても梅の仲間ではなく、ロウバイ科ロウバイ属、梅とは関係ありません。名前の由来は諸説あるようですが、蝋細工のような花を咲かせるから、というのが一番しっくりきます。
と、このへんにロウバイの花の写真をはさんでおくのがスジだろうと、そうは思うのですが、私、あいにく花の写真を持っていません。イマジネーションで補ってください。
ロウバイは、まだ厳冬期といってもいい1月中下旬から、あるいはもっと早い時期から、葉っぱのないまま、黄色い透明感のある花をたくさん咲かせます。さみしい冬の景色に咲くその姿はなんとも嬉しく、また、とてもいい香りがします(ちなみにこの木、根っこも不思議な匂いがします)。
なので私も育てたいと、あっちこっちから探してきたタネで実生。数株の苗があります。
おそらく、ホームセンターなどを探さないで、実生をまず選んでしまったあたりで過ちを犯しているのでしょうが、現在実生ロウバイ2年生、花を咲かすには実生後6~7年、もしかしたら10年近くかかるそうです。
私がはじめてロウバイを知ったのは、確かおととしの正月が過ぎた頃です。仕事の関係でたまにお宅を伺う、石原さんというおばあさんの家の玄関脇でした。それまで何年もその家には伺っていたのですが、ロウバイの木は、ただの「木」でした。人間、まわりにどれだけ美しいものがあっても、気づけてないことが多いです。豊かさ然り、幸せ然り、です。
石原のおばあさんとの出会いは衝撃的でした。
初めて会った時、自宅2階から、窓を出て屋根を足場に歩いたところ(つまり2階の外壁)になぜか水道の蛇口があって、それが古くて、少し水が漏れちゃってるかも知れないから、見てもらえないかという話でした。まあ、見るだけ見てみましょうと、2階の窓をくぐり抜け、屋根瓦を緊張しながら踏みしめて、壁沿いをゆっくりカニ歩きで歩いて行きました。やっとその蛇口があるところまで着くと、窓の方から「どうです~?」とおばあさんの声。振り向くと、現在86歳、当時は82、3歳の石原のおばあさん、窓をくぐり抜け、手すりもなにもない、屋根瓦の上に降り立ち、どこにもつかまらずに、自然な姿でこっちを見ていました。
そんな石原のおばあさんは、2本あるから1本あげるわよ、と私の身長より高いロウバイを指差したこともありますが、その時は、とりあえず、遠慮しておきました。
「今、タネから育てている苗があるので、それが花を咲かすまでがんばってみます」というと、
「ほんとに、どうして男の人ってそうロマンばかり追いたがるのかしらね?」だそうです。
ちなみに石原さんちに植わっているロウバイも、タネから育てたものらしいです。
「うちのもタネから育てたものだから、園芸品種のロウバイの花よりは地味だけれども、私はこのくらいの花が好きだね」と去年、ロウバイの花の前で言っていました。
・実生から長い時間をかけ開花させるのは、男のロマン。男はそれを追いたがる。
・おばあさんちのロウバイはタネから育てたもの。
・おばあさんは園芸品種よりは地味だけども、そのロウバイの花が好き。
・そこのおじいさんは、昔、もうすでに他界。
なんだかロマンスの匂いがするのは考え過ぎでしょうか。もしかしたら、このロウバイのタネをまいたのは、昔なくなったおじいさんかも知れません。
昨日また石原のおばあさんに会いましたが、いつものように買い物カートをグイグイと引っぱりながらしっかり歩いていました。東京の86歳のおばあさんのスピードではありません。肌も、ものすごくぴちぴちしています。それをほめると、
「みんなそうやってオベンチャラ言って、もう鏡なんて随分見てないよ」と、軽く笑いました。オベンチャラとは関西の方の言葉で、お世辞、おべっかみたいな意味だそうです。「今は平均寿命も随分のびたおかげで、なんだか生きていなきゃなんないけど、私は別にいいのよ」などと、私を困らせるようなことをいいます。
私はこのおばあさんが好きで、いつかおばあさんのところのロウバイの枝を少しもらって、うちの実生苗に接いで育てたくも思っています。内気な私はそれを伝えるタイミングがまだつかめませんが、その時までにもう少し、接ぎ木の技術を磨いておきたいです。
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